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 小柴胡湯の副作用
 及び現在の医療においての漢方薬の適正使用とは?


この論文は《東洋医学》1998年1月、2月号に掲載されたものです。オウゴンに ついては外字のため文字化けを懸念して黄今と表記してある



     一風堂漢方研究会 須藤 ハジメ

緒言
 小柴胡湯は現在医療で用いられている漢方処方では、最も多くの患者に服用 されている。簡略な事実関係としては、1993年頃より-αとの併用により間質性 肺炎が発症するという報告がされた。
 その後副作用の間質性肺炎に関しては、平成6年4月から8年1月迄の副作用企 業報告の件数は66例であり内9例が死亡したとの報告があった

 一方、世間一般には漢方薬は安全な薬剤であり、副作用は無いという風潮が あり、医師や薬剤師などの西洋医学中心の医療関係者においても特別漢方に詳し くなければ、そのような印象を持っていたと思われよってこの報告は少なからず も衝撃を与えたようである
即ち「漢方薬にも副作用はあるの!」と。

 唯10年ほど前のこととなるが「小柴胡湯は神薬である」ような印象が漢方を 専門に行う者にも、或いは製薬にも、或いは保健医療で漢方薬を使い始めた者た ちにもあったのは確かで、当時からよく使われていたし、信奉者も多かった
私は既に中医学であったので、柴胡剤が多用される現状が不思議に感じられ後 に拙著の《中医学講義》に警鐘を述べたのは1994年4月のことである

今回のような副作用(正確に言えば、漢方に副作用という概念は古来より存在 してはいない、それは西洋の薬理学的な方法論の中にあるだけであり『証』が合 えば副作用は生じない、敢えて云えばそれは過誤である)が何故生じたのか?そ の理由は明白である。
現在の医療では漢方薬の適正使用がされていないことがあるという一言に尽き る

 歯に衣を着せずに謂わせていただけば漢方の専門家という立場からみれば、 その是非はともかくとして、現代医療における漢方療法とは本来の使われ方とは 程遠いものもあり、適正を欠いたものも見受ける。
更に単刀直入に失礼を覚悟で謂わせていただけば「漢方薬は使ったことがある けども、漢方は学んだことのない」人々が多く存在する、この件もその是非はと もかくとしての話である
 本来薬は東西を問わず正しい使われ方をして初めて有益である 正しい使わ れ方をされなければ有害であり、その被害者は患者である。
小生は市井の漢方薬局を10年ほどやってきたが、その被害者に少なからず接し てきた
その人々にとってみれば「否、漢方薬とは西洋新薬なんだよ」というような認 識があるかもしれない。
 以上のことにより、漢方の専門家という立場から大局的にこの問題に対する 見解を申し述べたいと思い立った あくまで参考程度に個人の見解としてご無礼 をご容赦されたい


第一章.小柴胡湯と間質性肺炎についての現状報告

1.報告されている事実と製薬メーカーの対応
 潟cムラの資料が手元にあるので、これをもとに主要な箇所をピックアップ しながら話を進めたいと思う 暫し面倒だが話を進める前提を確認したいと思う
先ず@「ツムラ小柴胡湯エキス顆粒(医療用)、適正使用のために、1995年3 月、ツムラ医薬情報本部編」というA4大の6の小冊子の本文をそのまま引用しよ う
 これは時期としては-α製剤との併用により間質性肺炎が発症したという、 厚生省薬務局の医薬品副作用情報118の後にあたるので既にある程度の副作用が 生じることが解っており且つ添付文書にも記載されている頃のものである

内容
主要な内容は以下の如く
A「副作用1.小柴胡湯と間質性肺炎」。
B「副作用2.インターフェロン-αとの併用は禁忌です」。
C「副作用3.その他の主な副作用として、1電解質代謝異常、2肝機能障害、3 膀胱炎様症状」。
本文
「はじめに:小柴胡湯は繁用されている漢方エキス製剤の一つであるが最近本 剤の副作用として間質性肺炎肝障害膀胱炎様症状等が報告されるようになった
 これらの副作用についてはすでに添付文書における使用上の注意に記載され さらに医薬品副作用情報(厚生省薬務局)においても数回にわたり注意喚起がな されているところである
 小柴胡湯を適正に使用するためにはこれら副作用に対して十分な注意をはら う必要がある」

A「副作用1.小柴胡湯と間質性肺炎」
「間質性肺炎があらわれることがあるので小柴胡湯の投与により発熱咳嗽呼吸 困難などの呼吸器症状があらわれた場合には速やかに胸部X線等の検査を実施し 本剤の投与を中止するとともに適切な処置を行って下さい」

◆ 間質性肺炎は咳嗽呼吸困難発熱などを初期症状として発症し胸部X線上びま ん性にスリガラス様陰影や粒状網状陰影などの間質性陰影が認められるまた血液 ガスで は低酸素血症がみられる
◆ 薬剤性間質性肺炎と推定される場合には直ちに小柴胡湯の投与を中止し、 胸部X線 等の検査を実施するなど十分に観察し必要な処置をとること。本剤の 中止により症状 の改善をみることが多くまたステロイド剤の投与が効果的であ るいずれにしても早期 発見と早期治療が重要である
◆ 小柴胡湯による間質性肺炎の発現頻度は不明であるが、今までの報告から その頻度は低いものと推測される。また以下のような発症傾向がみられる
● 本剤の投与開始より発症までの期間は2週から1年で、4週から8週で発症す る症例が多い。
● 基礎疾患として慢性肝疾患に罹患していることが多い
◆ 小柴胡湯の投与に関しては患者に対して以下の注意を与えること
  ”咳嗽、呼吸困難があらわれた場合には直ちに連絡して下さい”

この後に【症例1】として61才の慢性肝炎の患者が小柴胡湯服用後数月後に間 質性肺炎を発症したとして採り上げられている

B「副作用2.インターフェロン-αとの併用は禁忌です」。
◆ 間質性肺炎は小柴胡湯とインターフェロン-αとの併用で多く報告されてい るので併用は禁忌です
◆インターフェロン-α投与終了後小柴胡湯の投与を開始する場合のインター フェロン-αのwashout期間について以下の報告がある。
● 原則として6月間を経た後に開始する必要があると思われる

この後に【症例2】として57才のC型慢性活動性肝炎の患者が小柴胡湯服用後イ ンターフェロン-α併用により間質性肺炎を発症したとして採り上げられている

C「副作用3.その他の主な副作用」
  1電解質代謝異常
   長期連用により、偽アルドステロン症があらわれることがある
  2肝機能障害
   まれに黄疸、GOT,GPTの上昇があらわれることがある
  3膀胱炎様症状」。
まれに頻尿排尿痛血尿残尿感等の膀胱炎様症状があらわれることがある

次に、A「ツムラ小柴胡湯エキス顆粒、安全性情報、小柴胡湯の投与による副 作用『間質性肺炎』の解説と適正使用について、1996年3月、ツムラ医薬情報本 部編」というA4大13の資料の内容をみてみよう
表紙には加えて「【警告】慢性肝炎における肝機能障害の改善の目的で投与さ れた患者で間質性肺炎が起こり重篤な転帰に至ることがある」と「禁忌 インタ ーフェロン--αを投与中の患者[間質性肺炎があらわれることがある。]」と明 記されている

ここでは小柴胡湯投与の副作用と疑わしき死亡者が9例報告されている、内容 は大筋では前資料と重複するところが多いので、目次とその簡略なまとめのみ追 うこととする

1.間質性肺炎について
 (1)間質性肺炎の定義
(2)間質性肺疾患の分類
(3)薬剤性間質性肺炎
@薬剤性間質性肺炎の発生機序(a反応、b細胞毒性)
A薬剤性間質性肺炎の診断
B薬剤性間質性肺炎の治療(1.原因薬剤の投与の中止、2.低酸素血症なら酸素 投与
     3.ステロイドのパルス療法後経口剤に変更)

2.小柴胡湯投与によると疑われた間質性肺炎の特徴
 特徴/推定される発症メカニズム
 「IFN-αと小柴胡湯の単独あるいは併用による間質性肺炎の発症機序として 薬剤反応に加え薬剤刺激による線維芽細胞からのサイトカイン産生の亢進が関与 している可能性が示唆される」

3.間質性肺炎発症症例の患者背景、平成6年4月〜8年1月間の66例の
 (1)性別、男性43、女性23
(2)年齢、50歳台から70歳台の患者さんに多かった
(3)基礎疾患、すべて肝疾患、うち過半数はHCV感染
(4)副作用までの期間、1月から半年
(5)因果関係、担当医師の判断でほとんどが有
(6)診断時の症状、呼吸困難咳発熱X線異常
(7)動脈血酸素分圧(PaO2)、低値を示す
(8)治療、無治療かステロイド治療
(9)転帰、53例が軽快もしくは回復
(10)DLST、19例陽性
 (11)既往歴、呼吸器疾患14、消化器障害11、循環器障害6
(12)合併症、呼吸器疾患8、消化器障害19、循環器障害13

4.間質性肺炎発症症例(重篤な転帰に至った症例)の患者背景、9例の
 (1)性別
(2)年齢、60歳以上
(3)基礎疾患、慢性肝炎肝硬変に使用した患者、うち過半数はHCV感染
(4)副作用までの期間、1月以降
(5)因果関係
(6)薬剤投与中止までの期間、直ちに中止したのは2例、多くは10日か30日以 内
(7)治療、ステロイドパルス療法に反応しない
(8)診断時の症状、呼吸困難咳発熱X線異常
(9)死因、呼吸不全7例
(10)発症から死亡までの期間
 (11)既往歴/合併症

5.間質性肺炎の早期発見/重症化を防止するための留意事項、同様前資料

●使用上の注意 以上。

解説と結論
 さて前資料と重複する内容については割愛してある、間質性肺炎について多 くの紙面をさいており患者背景に2年間の副作用報告がまとめられている
まとめとしてはこのデータに基づく限りは〜
「小柴胡湯の副作用としての間質性肺炎の発症頻度は特別高くない」という結 論である
年間100万人の患者が服用しており2年間で88例の副作用が報告されうち9例が 死亡していることから間質性肺炎の発生頻度は約2.5万人に1人でありそのうち1 割が重篤な転帰に至っている。
またこれは特発性間質性肺炎の自然発生頻度と同じであり、そう考えれば小柴 胡湯の副作用で間質性肺炎を発症したのかそうでないのか、数値からの判断は付 かないこととなる。
 ちなみにインターフェロンの間質性肺炎の発生率は500人に1人ということで ある

 然し視点を変えればこの数字を真実と捉えるのは浅慮である氷山の一角かも しれない たまたま因果関係がありと見抜いた結果であり実際にはもっと多いか もしれない
 というのは小柴胡湯の長期投与患者が虚証に陥るのは数人見てきたがそれが 小柴胡湯によるものだなんて本人も医師も想像すらしていなかった

2.それに対する反応、「メディカル朝日、97-1〜7、小柴胡湯再考」を参考に

「メディカル朝日、97-1〜7、小柴胡湯再考」には7人の医師や研究者が小柴胡 湯の研究応用やあるいは副作用についてコメントしてある
西洋科学的な理解だけかと思っていたら中には、「証を考慮して処方を選ぶ、 石井祐正氏、慶應義塾大学医学部消化器内科教授」のお話があり、具体的な小柴 胡湯の証には触れられてはいないもの、基本的な姿勢には共感するものである

 唯残念ながら副作用について説得力のあるお話や御説はなく、小柴胡湯を全 くのブラックボックスとしてしか扱っていないと感じた。
小柴胡湯の有効成分のスペクトルは400位あると以前聞いたことがあるが細分 化された因果関係を実証する手法の西洋科学には有機的な成り立ちの漢方処方を 完璧に理解するのはやはり至難の業なのだろうとも感じた


3.中医学から考察した小柴胡湯服用により間質性肺炎が発症するメカニズム

 これから漢方医学の理論や手法に基づいて、小柴胡湯を考察していく。
本来漢方処方はこれらの考えにより薬物を組み合わせることにより作られた( 方剤配伍の技術により)創製されたものであるから、漢方を学んだものにとって は小柴胡湯も手の内にある具体的な薬剤でありブラックボックスではない。
 よって間違って使われたときの危害(ここでは敢えて副作用という概念は用 いない)とその具体的な傾向や証の変化、陰陽虚実寒熱にどのように影響するの かも推測が出来る

A.小柴胡湯の成り立ち
 本来は出典(傷寒論)から引用するのが筋であるがここでは分量は実際の日 本の保健医療で使われて副作用を生じた医療用エキス顆粒のそれを使うのが適切 であろう
各々の生薬に関しては、危惧して後に解説をする
一日量生薬
[ 柴胡7.0 g、黄今3.0 g、半夏5.0 g、大棗3.0 g 人参3.0 g、甘草2.0 g、 生姜1.0 g]

各々の薬味の性質薬効《中薬大辞典より》

柴胡:性味、苦涼。帰経、肝胆。効能、和解表裏、疏肝、升陽。主治寒熱往来、胸 満脇痛、口 苦耳聾、頭痛目眩、瘧疾、下痢脱肛、月経不調、子宮下垂。
半夏:性味、辛、温有毒。帰経、脾胃。効能、燥湿化痰、降逆止嘔、消痞散結。
 治主、湿痰冷飲 嘔吐反胃咳喘痰多など。
黄今:性味、苦、寒。帰経、心肺胆大腸。効能、瀉実火、除湿熱、止血、安胎。
    主治、壮熱煩渇、肺熱咳嗽、湿熱瀉痢黄疸、熱淋など。
大棗:性味、甘、温。帰経、脾胃。効能、補脾和胃、益気生津、調和営衛、解薬毒 。
    主治、胃虚食少脾弱便溏、気血津液不足営衛不和、心悸ユヨ、婦人臓 躁。
人参:性味、甘微苦、温。帰経、脾肺。効能、大補元気、固脱生津、安神。
  主治、労傷虚損食少倦怠眩暈頭痛陽萎、頻尿、〜久虚不復一切気血津液不 足証。
甘草:性味、甘、平。帰経、脾胃肺。効能、和中緩急、潤肺、解毒、調和諸薬。
    炙用 主治、脾胃虚弱、食少腹痛便溏労倦発熱、肺痿咳嗽など。
生姜:性味、辛、温。帰経、肺胃脾。効能、発表、散寒、止嘔、開痰。
 主治、喘咳、脹満、泄瀉。

性味 ⇒ 先ず味が、次に生体を暖めるか冷やすか寒熱の性が述べられる
帰経 ⇒ 作用する臓腑。
効能 ⇒ 中医学的な効能
主治 ⇒ 適応症、或いは症状


 柴胡は辛涼解表薬であり、肝胆の熱を取り去りストレスなどで鬱滞した肝気 を通じさせ、これを上に発散させる 少陽病の寒熱往来を治す、肝が実熱してい ることにより、肝経が脇を通るので胸満脇痛、耳が聞こえない、頭痛やめまい、 生理不順を治す 胆熱により口苦するのを治す。或いはマラリア、中気の下陥に より下痢脱肛、子宮下垂するのに陽気を揚げる目的で使われる
 半夏は化痰止咳薬であり痰飲や湿邪を取り除き、胃気を下げ嘔吐を止め、痰 飲による痞や結をとる。寒性の痰飲を除く嘔吐吐き気痰の多い咳嗽に用いる
 黄今は清熱燥湿薬であり、実熱を取り去る、湿熱を除く、止血し、胎児を安 寧にする
激しい発熱や口渇肺の熱証で咳嗽するとき、湿熱で下痢するとき黄疸熱証の淋 病に用いる
 大棗は補気健脾薬であり、胃腸を健やかに、元気を補い、津液を補い、営衛 の気を調和し、薬毒を解く。胃が弱くて食欲不振、腸が弱くて下痢傾向、元気、 血、津液の不足に用い動悸、神経衰弱、驚きやすい、煩躁などの神経症に用いる
 (炙)甘草は補気健脾薬であり胃腸を和して筋の緊張を緩和し肺を潤し、解 毒し、漢方処方では諸薬の調和に働く。胃腸虚弱食欲不振腹痛下痢傾向、過労で 発熱するもの、肺が萎えて咳嗽するのに用いられる
 生姜は辛温解表薬であり風寒邪を解表して、吐き気を止め、痰を除く。咳嗽 、腹満下痢に用いる

B.傷寒論、柴胡湯の方剤学的特徴
 処方を理解するには各々の薬味の性質を知ることが大切であり次に各々の分 量を把握してその処方の働き方を理解する
柴胡湯系列の処方には「大柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴胡加龍骨牡蠣湯」などがあ るが、その特徴は「柴胡黄今半夏」の組み合わせである
 「柴胡黄今は心肺肝胆の実熱を清熱して和解し、半夏は二次的に生じた中焦 脾胃の痰飲を化す」
本方の主薬は柴胡或いは柴胡と黄今と云われている
柴胡7は主に肝胆の熱邪を去りそれを発汗させる。黄今3は心肺胆の熱を去る
生姜1と半夏5は発熱や木乗土からくる吐き気を抑えるためにあり人参3大棗3甘 草2は胃腸を健やかにし、邪を発表させるための元気を補う(邪とはここでは風 邪のウイルスと想定すると分かり易い)。或いは木の実により、木侮金を防ぐた めに、土生金で肺を強くしておく目的も考えられる
 中医方剤学からは少陽病を和解して、生体を補いながら、邪を攻めて治す( 扶正謗ラ)という処方である五行の関係から云えば図1に示したものとなる
といっても清熱系の処方であり実熱証に用いるのが原則で西洋医学的に云えば 発病して炎症や発熱傾向が認められる時期のみに用いるものである

C.本来の応用範囲
 本来小柴胡湯は、漢方の古典、後漢の張仲景の《傷寒論》に論じられている 六経弁証(三陰三陽弁証)の少陽病に用いるための処方である
 その条文には「傷寒(寒証の風邪)をひいてから5-6日経過し、発熱発汗し て、暑くなったり寒くなったり(寒熱往来)を繰り返して、脇から上腹部が張っ て苦しく(胸脇苦満)、気分がすぐれず食欲不振煩躁して吐き気があり、或いは 煩躁しても嘔吐はないか或いは口渇があり或いは腹痛があり或いは脇の下がつか えて硬くなり、或いは心下が動悸して、小便不利或いは口渇はなく、微熱あり。 或いは咳の出るものに小柴胡湯が適応する」と述べられている
 これは逆に『小柴胡湯という処方の証』を意味するものでもある

 三陽病とは主に、太陽経、陽明経、少陽経という腑の経絡に関連した病であ ると考えると分かり易い これに反して三陰病とは臓の経絡に関連する
 よって少陽病とは「足の少陽胆経、手の少陽三焦経」を中心とした病と考え られる。
これにより条文の症状を分析すれば〜
「寒くなったり暑くなったりする寒熱往来は邪が半表半裏にあって生体との攻 防からの症状、胸脇苦満は少陽の経絡が邪に冒されている症状。裏の肝は情緒が 宿るところであるので、気分が優れず、胆の実熱証だから、木乗土で脾胃を犯す ので、食欲不振吐き気、腹痛がみられ小便不利は水道三焦が邪に犯されているか ら、また熱証であることから口渇発熱もみられる」という裏付けが得られる
結論
西洋医学的に云えば少陽病とはウイルス感染による急性発熱性疾患の経過の一 病態である。従って小柴胡湯も急性疾患のある時期にのみ用いる処方である


D.間質性肺炎の中医学的な理解
 間質性肺炎の症状は「乾性咳嗽呼吸困難発熱」というからには、全体的には これは肺の虚証である。肺が虚弱な状態に陥っているという意味である。
さらに乾性の咳は「肺陰虚証」の特徴であり、発熱は虚熱によるものであろう 。よって弁証は「肺虚証」或いは「肺両虚証」。

E.そのメカニズム
 1.処方から
  先ず小柴胡湯は本来慢性疾患の処方としては作られてはおらず傷寒の少陽 病に用いられその服用期間は短くて一服、即ち一日量のN〜Oであり、せいぜい長 くて2〜3日ではないか小生の経験ではほとんどが一服である
よって証があっていない状態で小柴胡湯を長期間例えば14日以上も続ければ清 熱系の処方であり肝胆の熱を取り、肝気を発散させるので肝胆が虚証に陥ること は予測がつく
2.薬味から
 特に柴胡は疏肝作用が強く連用すると元気や津液を消耗するので、それを保 護するために芍薬や大棗や甘草などの補剤を配合する
 肝の実証である「肝気鬱結」「肝火旺」などの実証熱証に適合するがそうで なければ肝胆の熱をとりすぎていわゆる冷やしすぎになり肝の気虚や血虚を生じ る これは臨床的には柴胡剤の長期投与で時々見られる
すなわち肝臓が弱るわけで、肝の解毒代謝機能が低下する アレルギー反応を 起こしやすくなる
というのは小柴胡湯単用或いはある西洋薬単用ではアレルギーは生じないが、 小柴胡湯と他の西洋薬を併用した場合には時として薬物アレルギーが生じること からも推測が出来る
次に黄今は帰経が心肺胆大腸で効能が瀉実火なので上焦の熱を去ることが解る
黄今は肺熱を取り去ることでも有名であり、長い服用期間では肺が虚してしま うことは当然のことと考えられる。
長期間の服用では柴胡と黄今が上焦の熱をかなり取り去り、肺肝が冷えて、肺 気肝気とも虚してしまい、肝陰肺陰までも亡ぼすのであろう
 肝臓疾患に用いられて間質性肺炎が発症したのだから、肝は元々問題があっ たはずだが
肺の方は健全であったのであろう
 たとえ大棗人参甘草などの扶正に働く補気健脾薬が配合されていても、元来 が清熱系の解表薬には違いないのである
結論
 寒熱虚実など漢方の基本的な処方適応を意味する規定(証、八綱弁証)が適 合しないで、長期に投与を続けるのは誤りである

F.予想されるその他の危害
 すでに述べたこともあるが小柴胡湯の長期投与で予測されるその他の副作用 をまとめてみる
 1.柴胡の疏肝理気作用によるもの
肝気虚 ⇒諸々の肝機能の低下、アレルギー反応の発現、疲労感倦怠感
肝精不足 ⇒ 同上

2.黄今の清熱作用によるもの
気虚 ⇒元気がない、咳嗽、盗汗、脱力感、疲労感、息切れ、風邪をひきやす い
寒証 ⇒ 寒気、冷え、鼻水、元気がない、寒がり

他の処方に関しても危害の予見を付けることは同様に可能である

第二章.小柴胡湯の適正使用を漢方の立場から考える

1.小柴胡湯の本来の使われ方と適正使用
 現在の中医学の応用では「肝炎に柴胡剤を」という発想は無いわけではない が極少ないようである、小柴胡湯は少陽病以外には婦人中風、※熱入血室、マラ リア、黄疸に、大柴胡湯は胆嚢炎、胆結石に用いられる程度である(※は傷寒論 に出てくるある特定の病態)
どちらかというと腑の病に忠実である。
表の胆が熱証なら勿論裏の肝も熱証に傾くのは当然であるがもし肝炎に漢方薬 を用いるなら、(瀉心湯黄連解毒湯龍胆瀉肝湯茵陳蒿湯などの)肝に働く処方を 選ぶのが正当であろう
 またストレスなどでの鬱状態や「肝気鬱結証」に小柴胡湯を用いるのも正し い使われ方ではない、これは四逆散や逍遥散を用いるべきである
 また傷寒論の条文に咳という文字は確かにでてくるが肺炎気管支炎肺結核な ど肺を中心とした疾病には小柴胡湯を用いるのはやはり誤りである
その理由はいままで間質性肺炎を通して述べたとおりである
少陽病の咳は、胆火により脾胃が乗されて痰飲を生じての、あるいは三焦の病 と云うことからやはり痰飲を生じての或いは木肝実により金肺が侮られての咳で ある
弁証求因によりこれらが得られれば適合する

2.応用範囲はどこまで許されるか、肝炎に用いられて
 しかしこのように云ったとしても現実の医療現場では、数量としては多量に 消費され、慢性疾患に最も多く用いられている漢方処方である
また肝炎に用いられることに自体に関しては私は吝かではない
私にも肝炎の患者さんがいて、かつて医者より小柴胡湯を投与されており、初 期の実熱証の時には確かに効果があったのは覚えている
しかし病というのは病態が変化する、初めは実熱証だがいずれ虚寒証に変わる
漢方では陰陽の理論である
 原則を云えば、清熱系或いは理気系の処方が有効なのは、初期の実証や熱証 を呈している時期だけである
すでに虚しているのに漫然と清熱系の処方を投与すれば、さらに虚してしまい 、重篤な転帰に至る
 実はこのようなことは漢方の基礎的な知識である、いつも小生は勉強会の会 員さんたちに云うのだが少なくとも陰陽寒熱虚実表裏の八綱弁証程度はクリアー してから漢方処方を選べば危害は生じにくい

 小柴胡湯に限らず一つの処方の応用範囲が多くなることは結構なことだと思 う処方の種類が圧倒的に少ない日本の漢方はそのようにしなかったら今日のよう な発展はなかったろう。 新たな漢方の可能性が広がることは望ましいことであ る
然し正しい使われ方をされて初めて有用である

3.証という概念と適応症及び別な問題点
 ここでは他の漢方薬も含めて漢方薬の適正使用を阻む制度や学問体系、或い は使われ方を問題提議したい

A病名漢方
 漢方療法とは随証療法であるから、少なくとも『証』を弁じて、処方を選ぶ べきである
最低限先にも述べた八綱弁証位は
ところが『証』という概念も一般的には定かでない、この紙面を借りて簡単に3 つの証について述べてみよう

1.症状病状などと同じ意味で使われる、病の証シルシという意味である
2.証を弁じることにより論理的に導き出せるもの、病の本質的な概念
八綱弁証、三陽三陰弁証、衛気営血弁証、五臓弁証、気精血津液弁証などはす べて『証』を弁じるための漢方の基礎理論である(弁証論治弁証求因)
3.処方の適応を示すもの                         
 八味丸証や小柴胡湯証など方剤が先にあり、患者の証がこれに適合するか。
 特定の症状の集合とも理解できる   


 今日は2と3の『証』が専ら『証』として用いられているが、今日の医療の教 育は西洋科学に根拠をおくものであり、西洋医学では病名こそが優先する
だから小柴胡湯は適応症にこじれた風邪にとか、肝炎にとかにもちいられると 記されることになる すなわちますますその本質は難解となる
即ち西洋医学の手法に東洋医学の薬剤を応用しようとすれば、科学としての理 論体系や概念が異なるという困難に遭遇するが現状では東洋医学は科学的ではな い(実証不可能だ)から、東洋医学的な考え方は一方的に無視して、応用だけ戴 こうとするのが大勢である
 今回の小柴胡湯の副作用がショッキングだったと感じる人たちはこのような スタンスを持ち合わせているのだろう

このように証という概念を無視して病名や適応症だけで漢方薬を使えば当然、 危害が生じる。
次に保健医療制度のレセプトを通すには、なおさら病名漢方に徹する必要があ る

 たとえば漢方処方に限らず、薬用植物の一般的な効能に「強壮」という概念 がある
この「強壮」という概念は中医学にはないが、 服用すれば元気になるという 意味であり薬草の本や薬用植物学の教科書などで、この効能を持つ生薬をあげれ ば「人参、萎m、山茱萸、麦門冬、天門冬、五味子、山薬、柏子仁、大棗」など が書かれている
 漢方を学んだ者ならいくら元気になるといっても、それが人参などの補気薬 なのか、麦門冬天門冬、玉竹、地黄などの補陰薬なのかの差は大きい
また同じ補気薬でも、人参と大棗と山薬では働き方も使われ方も大いに異なる
これを処方で言えば、補中益気湯などの補気剤なのか、六味丸などの補陰剤な のかという時の両者の差は天と地ほど違うわけである
 腰痛持ちのほてりのある腎陰虚の患者に、元気がないからといって「強壮剤 」とおぼしき補中益気湯を投与すれば、陰虚がさらに進んでかえって病を重くす る
 これもまた西洋医学しか学んだことのない者が漢方処方を間違って使う典型 的なパターンである

B教育制度
 小生は薬剤師であるが薬大で東洋医学や漢方医学を学んだことはない但し生 薬学は学んだが他の医療従事者は生薬学は学ぶのだろうか?
しかし今日ある薬大では東洋医学の講座を持つところも出始めたようである
唯一漢方薬局やマイナーな漢方勉強会というのは伝統的に漢方医学を継承する 形態であるがそれ以外の人々は特別に学ばなければ漢方についての知識は皆無で ある 

このような状況下で、誤った使われ方をされたときに、その因果関係が判明す れば良い方で、五里霧中の中で漢方薬が沢山使われている現実を垣間見てきた私 である
 すでに述べたが西洋科学的な理論や方法論を、漢方医学は用いてはいないか ら、西洋科学が主体となる薬学や医学の教育とは、根本的には相容れることは先 ず無いだろうが、唯物論や実証主義に凝り固まった頭脳を客観視することは、今 後はより必要とされるだろう

C小柴胡湯の処方分量
次は分量の問題で《傷寒論》では
[T. 柴胡8両、黄今3両、半夏4両、大棗3両人参3両、甘草3両、生姜3両]
【一両=14 g原典で容量単位など用いている場合には現物にて重量に換算して ある】

日本では通例的に《傷寒金匱》の処方では一両=1 gに換算している
[U.柴胡7.0 g、黄今3.0 g、半夏5.0 g、大棗3.0 g人参3.0 g、甘草2.0 g、 生姜1.0 g]

よって前記したこの分量は妥当である(生姜もやはり通例的に1g程度にするこ とが多い)

 一方中国では通例的に《傷寒金匱》の処方では一両=3 gに換算しているそう すると
[V. 柴胡24 g、黄今9.0 g、半夏12 g、大棗9.0 g人参9.0 g、甘草9.0 g、 生姜9.0 g]

となるが実際は《中医方剤臨床手冊、上海中医学院中薬系方剤学中薬学教研組  編1982》
[W.柴胡6-12g、黄今5-10g、半夏6-9g、大棗12-18g人参9-12 g、甘草3-6 g、 生姜2-4 g]

 或いは《傷寒論湯証新編 郭子光、馮顕遜 編著 1983》 
[X. 柴胡15 g、黄今9 g、半夏9 g、大棗36 g人参9 g、甘草9 g、生姜9 g]

 であり中国では原典から比べると分量が変化しておりて今日用いられる柴胡 の量が約半分に、大棗の量が2-4倍になっている
その理由としては柴胡の強い発散疏肝理気の作用により元気や津液が消耗され るのを、柴胡の量を半量にして防ぎ更にそのガードに大棗の量を2-4倍にしてい るのである
即ち傷寒論の処方分量では柴胡が多すぎることが経験的に解ったのであろう
 一方日本ではこのようなフィードバックはなかったので、原典からそのまま 換算して使われている すなわち柴胡の分量が多すぎるのだ
小生の試案では下記の通りである 表1に示す

[Y.柴胡5.0 g、黄今3.0 g、半夏3.0 g、大棗6.0 g人参3.0 g、甘草2.0 g、 生姜1.0 g]

表1. 小柴胡湯処方分量
小柴胡湯
柴胡
黄今
半夏
大棗
人参
甘草
生姜
T.傷寒論 8両 3両 4両 3両 3両 3両 3両
U.日本医療用エキス 7 g 3 g 5 g 3 g 3 g 2 g 1 g
V.中国通例換算 24 g 9 g 12 g 9 g 9 g 9 g 9 g
W.中医方剤臨床手冊 6-12 g 5-10 g 6-9 g 12-18 g 9-18 g 9-12 g 2-4 g
X.傷寒論湯証新編 15 g 9 g 9 g 36 g 9 g 9 g 9 g
Y.須藤試案、日本量 5 g 3 g 4 g 6 g 3 g 2 g 1 g


 この際他には八味丸六味丸の地黄の量が少ないとか酸棗仁湯の酸棗仁の量が 多すぎるとか幾つか気になるところがある
他の処方の薬局製剤、医療用製剤、OTC製剤も含めて分量の再考を提案する

D危害の予見可能な処方グループ
 小柴胡湯の使われ方の他にも、対症療法的な使われ方として花粉症の治療に 小青龍湯を用いたりと、或いは苦味健胃薬だからといって、胃弱や胃寒に黄連や 黄柏を用いて更に胃腸を弱めたりとか漢方薬の適正使用とはいえない使われ方は まだまだある
 副作用や危害の危険性が予見しにくい西洋新薬ならともかくも、少なくとも2000 年間以上も使われてきた漢方処方は正しい使われ方をすれば、それらの危険を 避けることは可能である
ここでは虚証寒証に対して本来補剤を用いるべき所を誤って反対の瀉剤を用い た場合のみ述べる すなわち虚を更に虚させてしまった例である
 表2に中医方剤学(治法)からの分類と代表的薬味と処方をあげてある
特に、14日以上の投与で注意すべきと考えていただいてほしい。また当然妊婦 や老人に対してはいっそう注意が必要である
体験も交えて説明する(※注「薬」とはひとつひとつの生薬を意味し、「剤」 とは処方を意味する)

1.清熱系の薬剤は、熱証以外の証に用いれば陽気(元気と熱)を過度に損なう
⇒虚証、寒証に陥り、元気がない、疲労感、食欲不振、寒がる、体がだるい、 虚弱、痩身、無月経などの状態になる。

2.瀉下剤は多くは便秘薬とも考えられるが、これも常用するために脾腸の陽気 を損なう。 或いは水谷の精微の不足になり、血虚や腎精不足になる
⇒ 以下は同上

3.柴胡剤などの和解剤、疏肝理気剤は、肝気を発散させ、肝陰を傷つけるので 、気滞や実証以外には用いない 連用で肝血虚になる
  ⇒ 以下は同上


終わりに
西洋医学という範疇から漢方処方というハードウエアを以て「温故知新」も結 構だと感じるが、難解だとか無視することをしないで東洋医学という素晴らしい ソフトウエアの方も忘れずに同じく再認識していただきたい   終わり

表2. 長期投与により危害が予見できる処方グループと薬味(虚証を更に虚さ せる場合)
薬味
処方
1. 清熱剤
石膏 山梔子 黄連 黄今
 黄柏 牡丹皮 龍胆 知母
 木通 地骨皮  丹参 澤瀉 芦根 夏枯草
白虎湯 黄連解毒湯
龍胆瀉肝湯 茵陳蒿湯
三黄瀉心湯 清上防風湯
2.瀉下剤
大黄 芒硝 決明子 牽牛子 大承気湯 小承気湯 調胃承気湯
大黄牡丹皮湯 大黄甘草湯
3.和解剤
柴胡 枳実 薄荷 小柴胡湯 大柴胡湯 柴胡加龍骨牡蠣湯
柴胡清肝湯 四逆散 加味逍遥散
柴陥湯
4.その他実証熱証用
。楼仁 天花粉 牛黄 犀角 防風通聖散 乙字湯 通導散
牛黄清心丸

文献
 ツムラ小柴胡湯エキス顆粒(医療用)適正使用のために、潟cムラ医薬情報 本部、1995
 ツムラ小柴胡湯エキス顆粒 安全性情報、潟cムラ医薬情報本部、1996
中医学講義、須藤 一、1994、一風堂出版
中薬大辞典 縮印本、江蘇新医学院 編、1985、上海科学技術出版社
傷寒論講義、湖北中医学院 編 李培生ら、1986、湖南科学技術出版社
 中医方剤臨床手冊、上海中医学院中薬系方剤学中薬学教研組 編1982、上海 科学技術  出版社
 傷寒論湯証新編 郭子光、馮顕遜 編著、1983、上海科学技術出版社
常用漢薬ハンドブック、神戸中医学研究会 編、1987、医歯薬出版社
経絡学、李鼎、肖少卿ら、1984、上海科学技術出版社